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  3. 出勤前に害獣駆除。防獣ネットにツノが引っ掛かった雄シカと対峙して。

出勤前に害獣駆除。防獣ネットにツノが引っ掛かった雄シカと対峙して。

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  1. 明日やる。
  2. まだいる。
  3. ゴメン、でもやる。
  4. そして、少しでも救われる

明日やる。

母の誕生日なので、仕事から帰って自宅の隣の実家に小さなバースデーケーキを持って行くと、父がケーキそっちのけで話しかけてきました。
ネットに朝からシカが引っ掛かっとるんよ。
朝、実家の犬を散歩させている時に、山裾に張られた防獣ネットに角が引っ掛かった雄シカを発見し、「どうすることもできないし、もがいているうちに外れるだろう」とそのまま帰宅。夕方の犬の散歩の際にまだ引っ掛かっているのを確認し、「アラ…外れてない…」と少し心配になったようです。
とりあえず母のためにケーキにロウソクを立て、息子と妻とバースデーソングを歌い、母が火を吹き消すのを見届けて、オメデト〜!! とハッピーな雰囲気になったところでおもむろに、
…明日やる
と、ゴッドファーザーばりに重々しく宣言し、帰宅しました。

まだいる。

翌日、ウチのパグを連れて現場を見に行きました。歩いて数分の距離です。
ウチのパグは基本的に室内犬で、毎日散歩をする習慣がありませんから、時々外に出すとテンションが上がります。
…が、道に山から流れ出た水がチョロチョロ流れ出ていたら怖気付いて立ちすくむ、ダンゴムシを食べる、国道を横断中に立ちすくむ、といった具合にオンオフが激しく、なかなか現場にたどり着きません。

念のため、右手にはナイフを握り、目印として聞いていた沢を通り過ぎると…
ガサッ パキッ ガサガサッ…!!

(写真では非常に分かりづらいですが)

…いる…ッ!
音のする方を注意深く見ると、今立っている位置より一段高い場所で、雄シカがこちらをむいて後ずさりしようとしるのに、ツノが網にからまってそれ以上動けなくなって、必死に脚で地面を突っ張っている様子が見えます。目が合うと今度は飛び跳ねてネットから逃れようとしますがガッサガッサと綱のようになった黒いネットが激しく波打つだけで逃れることができません。
ガッツリ絡まってるんだな…と思いながらも、もしかすると今にも網がちぎれたり元から引っこ抜かれたりしてシカが飛び出してくるかもしれません。連れている犬も頼りにならなさそうだし、今ナイフで止めをさすのも不可能です。ここはひとまず退散します。

ゴメン、でもやる。

帰宅して息子の保育園の支度を済ませ、出勤する奥さんを見送って、息子を実家に預けます。
所属する猟友会・駆除隊の重鎮に連絡し、駆除して良いか確認します。
許可を得ると猟の支度に着替え、今度は父に確認します。
かなりネットが絡んでるみたいだったけど、切って良ェんかな?
山の持ち主と思われる人に電話してもらい、承諾を得ました。
本来、こういうケースでは、山の持ち主が責任持って対処しなければならないことになっているそうです。既にシカが死んでいる場合には、役所が対応してくれるそうなのですが、生きている場合には、役所も手を出すことができない。困って、山の持ち主から猟友会に対応を依頼される、というケースが多いようです。どうやら山の持ち主さんもこの状況に気づき、私と同じ猟友会に所属する、近所の先輩ハンターにちょうど連絡したところだったようです。
軽トラで現場の近くまで行き、徒歩で近づくと、再びシカが暴れました。
シカの眼をじっと見つめ、念仏を唱えながら、銃にスラッグ弾を装填します。万が一の事態に備え、弾倉にも2発スラッグ弾を差し込みました。
銃を構え、銃口をシカに向けます。
シカはこちらをじっと見ていました。
(なるべく苦しまないように)
(1発で、楽にしてやりたい)
究極のエゴイズムです。でも、やるよ。
ダットサイトの赤いドットを、シカの首に合わせます。
…頭か…? こめかみを撃ち抜くべきか…?
鉄パイプを持ってくれば良かったか…? 気絶させてから撃ってやれば…
永いこと考え込んでいたような気がしました。
もう一度、念仏を唱えます。シカのためなのか、自分のためなのか、南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏と、口の中で増やし、膨らませていくように何度か呟きます。
(    )
シカがストンと膝をつき、角をネットに引き上げられたまま、首がまっすぐ上に伸びたような体勢になりました。脚はもう全く動きません。
首の銃創から血が流れ出しています。口許をよく見ると、小さく呼吸をしていることに気がつきました。
しまった…!
腹の辺りも呼吸をしている様子がわかります。
苦しんでいるのか…?
もはや、願わくば、首を撃ち抜いた際に意識を失っていてくれ、シカの意識よ、既に眠っていてくれ…と祈るのみです。
またしても究極のエゴイズムです。
銃声を聞いた父が、すぐに駆けつけてくれました。
軽トラを降りて心配そうに近づいてきます。
「やったんか」
「うん、とりあえずやったけど…まだ息があるような…イヤ、死んだな…」
シカの僅かな動きが完全に止まっていました。絶命まで発砲から3〜5分でした。
木の棒で触ってみて、反応がないことを確認し、接近します。

首への一撃でした。

角は網のネット部分だけでなく、ロープ部分も複雑に絡まっていました。これはどんなにもがき続けたとしても抜け出せなかったでしょう。

ここで先輩ハンターも到着し、父と会話していました。
私は挨拶をし、絡まったネットをナイフで切っていきます。

ナイフで切るにも限界があり、父からカマを借りました。
ザクザクとネットとロープを切ると、ようやくシカの頭が地面にゴトッと落ち、少し頭を引っ張ると、山裾の斜面を転がって、私ひとりでも道路まで引き出すことができました。

転がったシカを見るなり、先輩ハンターは言いました。

「こりゃぁダメじゃ。こんだけ痩せちょっちゃージビエセンターも取ってくれんよ」

当初、駆除したシカを市内のジビエセンターに持ち込んで、食肉に処理してもらうつもりでした。
しかしこのシカは今の時期、発情期でロクに食事も摂らずにメスを追いかけていたところだったハズで、その最中に網に引っかかって更に丸1日以上、餌を口することができない状態でもがき続けたワケですから、非常に消耗したのでしょう…。

ただし、ツノは左右均等で立派な3段角で、スケルトン(角のついた頭蓋骨の壁飾り)や角のトロフィーなどを制作すると良いかもしれません。

先輩ハンターも「おまえ、趣味があれば頭ァ持っていくか?」と勧めてくれるのですが、いかんせん今朝はもう時間がありません。実は今日はたまたま勤務が遅番で、最初から、急いでジビエセンターに運んですぐに出勤すれば間に合うな、という状況でした。
これからシカの頭を落としてどこかに埋めたり池に浸けたりして…とする時間的余裕はなく、かと言ってとりあえずシカの頭を玄関に置いて出勤する、なんてことはできるはずもなく、処理はベテラン先輩ハンターに委ねました。角を取るつもりのようでしたし、猟犬を飼われているから、たとえ捌いて食肉になりえない状況でも、猟犬には贅沢な餌になるでしょう。痩せこけてしまったこのシカを、少しでも役にたててあげてほしい、それだけでした。

そして、少しでも救われる

シカを積んで帰る先輩ハンターを見送って、少し慌て気味に片付けていると、日頃見かけないかなり恒例のお爺さんが自転車で通りかかりました。
挨拶をすると、

「アンタ…シカ…どうした?」

と訊かれ、恐らくこのお爺さんも昨日からシカが引っ掛かっていたことを知っていたのではないでしょうか。

「はァ、今、撃ちました。猟師さんが持って帰っちゃったですよ」

と答えると、

「そうか…。そこで死なれて放ったらかされでもしたら、堪らんかったろうけぇのォ…。ありがとうありがとう

と言い残して、またゆっくりと自転車を漕いで行ってしまいました。
お爺さんの言葉を聞いて、私の頭には、ジブリ映画の「もののけ姫」で、怨念から“たたり神”になってしまった“オッコト主”を思い出されていました。不幸にもネットにかかってしまった雄シカを、力尽きるまでもがき続けさせるよりは良かったのだ…と無理やり思わずにはいられませんでした。

そして、近所に住んでいる住民の皆さんの心配を終わらせることができたのだと…。

やっぱり究極のエゴイズムですが、どこかに落とし所を見出さなければ、数分前まで生きていたあのシカの視線がチラチラしてやりきれません。

幸か不幸か、バタバタと一旦帰宅して、出勤する準備をして出掛ける間に、自らを強引に日常に戻すことができました。

これから何度体験しても、この「あぁ、やってしまった…」という気持ちは持ち続けるのでしょう。

それから付け加えて、山の持ち主さんからも非常に感謝していただいて、夜に仕事から帰ると、輝く“本物の”ビールが届けられていました。

実感はないけど、わざわざお礼をされるほどのことをしたんだな…と、なんだかフワフワしたものを感じています。