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近所にクマが出没して分かったこと。

”自宅の近所にクマが出た”

ツキノワグマの生息地としてはほぼ西限に住んでいる私にとっては、何年かに1度のビッグニュースです。
ましてやこの春、人がクマに襲われたというニュースを耳にする機会がよくありました。そんな全国的な話題が、まさか我が家から数100m先まで来てるなんて…‼︎

「エラいコトになった」という思いで職場を出たのは夜8時過ぎです。残業で遅くなりました。
自宅までは軽トラで約40km、1時間弱かかります。
妻も明日の仕事の準備で帰りが遅くなり、妻が帰宅した頃には8時半を回っていました。

運転中、ケータイが鳴りました。ハンズフリーにして応答すると、妻と息子の声が同時に聞こえます。
妻も自宅でハンズフリーにしてかけてきているようです。

妻が、息子がクマを怖がっているから早く帰って来てね、と言います。
「あと30分くらいで着くよ」と応えて、私は息子に呼びかけます。

「いいか、家のドアをちゃんと閉めて、カギをかけておけばクマは絶対に家に入ることができないから、すぐに玄関のドアを見に行くんぞ。それから、ママがきっと怖がるから、お前、男の子がしっかり守ってやるんぞ」

いつにもまして元気いっぱいの返事が聞こえて、安心して電話を切りました。

それから10分も走らないうちに、またケータイが鳴ります。
出ると、電話の向こうで息子の絶叫する声が響き渡っています。ギャンギャン泣いています。これまでに聞いたことのない勢いです。

叫び声の間から、妻の困りきった声がかすかに聞こえます。

「あと30分っていうのがとてつもなく心細いらしい…」

クマがそんなに恐かったんだ…⁉︎
一生懸命息子の名前を呼び掛けますが、ほとんど聞く耳を持ちません。
これまでで一番 ド叱りアゲた時よりも激しく泣いています。

「おーい、大丈夫だって。ちゃんと…」

ギャーッ‼︎‼︎ ワァーン‼︎‼︎‼︎

「…玄関のカギ、かけたろ…?」

ガァァァ!ギャーッワーッ‼︎‼︎

ダメだ、なんとか気を逸らそうとします。

「今なァ、海の近く走ってるけど、クマなんか全然おらんぞ? シカも…おるかな? …おらんなァ。イノシシもおらんぞ? タヌキもおらんし、フクロウもコウモリもおらんなァ…」

少し泣き声が止まります。チャンス!

「エェーっと…。お、イカはたくさんいるのかな? イカを獲る船がいィッぱい海に出とるぞ? すごいなァ。そうじゃ、今日はホタル見たか?」

ウゥゥウゥ、ワァーン、ワァーン!

失敗であります!

30分も待たれない。早く帰って来てェ〜ッ‼︎ と泣いています。

息子に何か話しかけていた妻が言います。

「…パパが心配なんて」

エッ、オレ?

どうやら息子は、保育園で園長先生に「今日は近くでクマが出たから、暗くなる前にお家に入るように」と言われていたようです。そこで、暗くなってもまだ外にいる私がクマに襲われやしないか、と心配になった、と。

「ハハハ大丈夫よ。オレは車に乗っとるんぞ?しかも軽トラ。強いぞ? クマが出たってブッちぎって逃げてやるよ。いざとなったらクマをドーンとやっつけてやる!」

ギャーン‼︎ ギャーン‼︎

なんでだ?家でママと2人っきりで心細いのもあるだろうし、親父がひとりで外に出ているのが心配でもあるだろう、けど…こんだけ余裕で話しててもまだ4歳児の心配は拭えないのか…。

「パパがクマに食べられる、って」

ここで、一瞬、私の頭をひとつの懸念がよぎります。

「息子はツキノワグマをイメージできてるだろうか…」

息子にはカドリー・ドミニオンでたくさんの大きなクマを見た思い出が強烈に残っていて、時々その時の話をします。
また息子は、映画「ドクター・ドリトル」が好きで、シリーズ2作目に出てきたクマ(パシフィック ウェスタン ベア という種類らしい)のアーチーを何度も繰り返し観ています。
まさか息子の頭には、あんなグリズリーみたいな3mも4mもあるようなクマがイメージされてて、それが玄関のドアをなぎ倒したり、軽トラをひっくり返したりすると思っているのか…⁉︎

「あのな、もしかしてお前、アーチーみたいなデカいクマが来ると思ってるかもしれんけど、あんなクマはウチの近所におらんぞ? ツキノワグマっていって、お前よりちょっと大きいくらいの、ヤギとかイノシシくらいの大きさのクマぞ? ちょっと図鑑で見せてもらってみなよ」

コレはなかなかの説得力だったらしく、泣き叫ぶ声がシュルシュルシュルと嗚咽に変わりました。

すかさず妻がDVDでベイマックスを再生し、息子の好きな場面を頭出ししているようです。

「ね、ホラ、クマ小っちゃいんだって。大丈夫ね。ベイマックス観て待ってよっか」

「…電話は切っちゃダメだって」

ハイよー。電話つないだまま、私は今ドコ、今、こないだ一緒にシカを見に行って、左から大きなシカが飛び出して来てお前が「ウワーッ!」ってビックリしたトコ、今、大きいおじいちゃんのお葬式したトコ、今踏切、今小さい丸和、今、保育園の近くの信号に…あー、赤になった、と実況し続け、無事に自宅の駐車場にクルマを停めました。

”ココでクルマ降りて玄関まででクマに襲われたりして…”

と冗談9割 心配1割の心境で自宅の玄関を見やると…

そーっと開いたドアから息子と妻が上下に並んで顔を出しました。

予想外につっけんどんな「おかえり」を放った息子はサササッとリビングに入って行きましたが、私がリビングに荷物を降ろして、しゃがんで「ホレ」と両腕を広げると、タタタタッと駆けて来て抱きつきました。

父親冥利に尽きる瞬間でした。

その後の息子は、まるで何事も無かったかのように普通で、一緒に動物図鑑を広げ、ツキノワグマの体長は1.1mから1.5mという事を確認し、クマは本当はとても臆病だから、遠くにいるうちからこっちの存在を教えてやれば向こうから逃げていく。大きな鈴なんかをカバンにつけよう。急にクマの前に飛び出すと、ビックリして思わず引っ搔いちゃうんだ。クマはちょっと引っ掻いたつもりでも、オレたちは大ケガだ、気をつけよう。という話をしました。

妻からも「こういう時の父親の安心感ってすごい」という評価を得て、少々気分の良い夜でした。

…に、しても、やっぱりクマ出没は落ち着きません。
山の環境が変化しつつある。しっかり見て、あるべき姿に戻していけるようできることを考えたいと思います。